仕事において、期限のある重いタスクや目標設定シートの作成などを前にしたとき、どうしても着手が遅れたり、中間報告ができずに一人で抱え込んでしまったりすることがあった。 これまでの私は、そうやって仕事が進まなくなる原因を「自分は完璧主義だからだ」と片付けていた。最初からちゃんとしたクオリティのものを作ろうとするあまり、手が止まってしまうのだ、と。 だが、自分自身の行動パターンや内面を深く掘り下げて振り返ってみたとき、まったく別の正体が見えてきた。私が囚われていたのは、成果物の品質に対する純粋なこだわり(完璧主義)などではなかった。「相手から完璧な人間だと思われたい」「できない奴だと見られたくない」という、極めて自己保身的な 「完璧に見られたい欲」 だったのである。 本記事では、 「なぜ未完成を見せるのがこれほど怖いのか」 という部下側の内面構造と、 「報告を受ける上司側は本当は何を恐れているのか」 という視点の対比、そして私がスケジュール破綻の末にたどり着いた 「0%〜10%でさらけ出す仕事術の模索」 をまとめる。 1.【病巣の解剖】完璧主義の皮をかぶった「完璧に見られたい欲」 水面上は「品質へのこだわり」に見えても、水面下の本体は「見栄と恐怖」 表面上の建前と水面下の本音 「完璧主義」という言葉は、どこか聞こえがいい。「クオリティを高く仕上げたい」「自分の役割や責任を全うしたい」という誠実なプロ意識のように見えるからだ。 しかし、水面下に潜っている巨大な氷山の本体を直視してみると、そこにあるのは品質へのこだわりではなく 「見栄」と「恐怖」 だった。 氷山の構造(建前と本音) 水面上(建前) : 高品質なものを出したい、自力でやり切りたい 水面下(本音) : 「できない奴と思われたくない」「弱みを見せられない」「不完全な自分には価値がない」 信念と呪いの表裏一体 私の中にはもともと、「先頭に立って開拓者であり続けたい」という強い信念がある。ゼロから何かを立ち上げたり、新しい仕組みを作ったりするとき、この信念は大きな推進力になる。 ところが、ひとたび「自分が得意ではない定型業務」や「正解が見えにくい抽象的な課題」に直面すると、この信念が裏返り、 「常に完璧であると見られなけ...